千葉地方裁判所佐原支部 昭和41年(ワ)32号 判決 1968年8月26日
原告
鎌形克己
ほか三名
被告
竹蓋稔
ほか一名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
原告らは「被告らは連帯して原告松代に対し金一七二万八、四五八円同克己に対し金二〇〇万一、一六七円同博信、富美江に対し各金一一一万八、九七二円および右各金員(但し被告克己については金五二万六、〇〇〇円を除いた金員)に対する昭和四一年二月一〇日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、被告らは請求棄却の判決を求めた。
二、事実の主張
原告らの主張はつぎのとおりである。
(一) 訴外亡鎌形喜代治は原告松代の夫でありその余の原告らの父である。
(二) 訴外喜代治は過去二一年にわたつて千代田生命保険相互会社に勤務し同社佐原支部指導所長をしていたが、昭和四一年一月一五日午前九時五〇分頃香取郡山田町長岡四三〇番地附近の道路上を自転車で通行中被告稔運転のダツトサン一トン車の小型貨物自動車にはねられて路上に転倒し骨盤骨折等の重傷を負い旭市所在旭中央病院で治療をうけたが右傷害のため同月三一日死亡した。右自動車は同被告の父である被告良平が保有するところであり被告稔は被告良平のため運行していたものである。
(三) 事故現場は山田町府馬から同町仁良方面へ通ずる幅員四、八メートルの公道であるが、被告稔は仁良方面に向かい同所の下り坂を時速約五〇キロメートル以上で進行中左側の幅員一メートル半の側道から進み出た訴外喜代治の自転車をはねたものである、同訴外人は自宅門口を出たばかりで自転車に速度はなく平素慎重な人柄とて公道に進出する前に一旦停止し左右の交通状況を確認し安全をたしかめて後出たのであるが、被告稔は同所は下り坂で時速一〇キロメートルに制限されているのにいたずらに加速して前記の高速としていたのみならず後続車の接近に心をうばわれ前方を注視せずかつブレーキの故障もあつて直ちに制動することができず自動車を訴外人に衝突させたものである。
(四)1 訴外喜代治は前記のごとく勤務し月額金四二、五七〇円の収入あり必要な生活費は月額金一七、五七〇円であるからこれを差引き金二五、〇〇〇円が一ケ月の所得となるが同人は当時五八年で平均余命はなお一七年であるからその生涯の得べかりし利益はホフマン式計算法により法定利率年五分の中間利息を差引くと金三六八万五、三七六円であり同額が同人のこうむつた逸失利益の損害である、但し原告らは本件事故により自動車損害賠償保障法による保険金一〇〇万円の交付をうけたので差引き金二六八万五、三七六円につき原告松代は三分の一他の原告らは各九分の二の相続分に応じ請求する。
2 同人は事故後二週間の入院とその間二回の手術の効なく死亡したものであるが前記のとおり余命一七年を余すのみならず本件事故によつて受けた心身の苦痛は甚大であるからこれに対する慰藉料は金一〇〇万円を以て相当とし、右につき原告らは前記各自の相続分に応じ請求する。
3 原告克己は父喜代治の事故後死亡にいたるまでの治療費などとして前記旭中央病院などに金二六万〇、八八七円を又父の葬儀費用として金二〇万円を支出したが前者については内金四万三、九九〇円を後者については内金一三万二、二〇五円を請求する。又同原告は本件事件解決のため訴外常盤温也弁護士を依頼したが同日同訴外人に対し手附金として金一八万円を支払い別に原告ら勝訴の際には請求金額の一割を報酬として支払うことを約した。本訴請求金額は弁護士支払分を除くと金五二六万余円であるからその一割の内金五二万六、〇〇〇円と前記金一八万円の合計金七〇万六、〇〇〇円が同弁護士に対し支払う金額であるからこれを損害金として請求する。
4 原告松代は夫の不慮の死によつてうけた精神的苦痛は甚大でそのためしばらく病臥した位でありその慰藉料は金五〇万円を相当とする、他の原告らの父の死に対する慰藉料は各金三〇万円以て相当とする。
(五) 上記により原告らは被告稔に対しては民法第七〇九条により同良平に対しては自動車損害賠償保障法第三条により連帯して原告松代に対し逸失利益相続分八九万五、一二五円慰藉料相続分金三三万三、三三三円自己の慰藉料金五〇万円の計金一七二万八、四五八円、原告博信、同富美江各自に対し逸失利益相続分金五九万六、七五〇円慰藉料相続分金二二万二、二二二円自己の慰藉料金三〇万円の計金一一一万八、九七二円宛及び原告克己に対し上記原告博信らの各一人の請求分の外に前記医療費など金四万三、九九〇円葬儀料など金一三万二、二〇五円弁護士費用金七〇万六、〇〇〇円の計金二〇〇万一、一六七円および各原告につき上記に対する(但し原告克己の分の内将来の弁護士支払分金五二万六、〇〇〇円を除く)本件事故後である昭和四一年二月一〇日以降の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告らの答弁はつぎのとおりである。
(一) 原告ら主張前記(一)の事実は認める、同(二)、(三)の事実中その日時場所において被告良平の子同稔が原告ら主張の自動車を運転中自転車で通行中の訴外鎌形喜代治をはね同訴外人がそのため原告ら主張のとおり重傷を負い死亡したことは認めるが、事故の原因特に被告稔の過失によるとの主張は否認しその余の部分は不知、同(四)の事実は不知である。
(二) 事故現場は山田町府馬から同町仁良方面に向う幅員四・八米の舗装道路で仁良方面に向い緩勾配をなし前後の見透しは良好であるが、南側より右道路に通ずる小路は土堤、生垣などにかくれ特に府馬方面より見た場合路傍に電柱があるためにその出入口は甚だ見にくい状況にある。被告稔は時速四〇粁で進行中土地不案内のため同所進行中左手に本件小路のあることに気付かなかつたが訴外喜代治が突然該小路内より自動車の進路前方に自転車でとび出してきたのを見て急制動を施したが既に一・六米の間近に追つていたためにおよばず衝突事故になつたものであり、思うに同訴外人は小路が道路にむかい勾配になつていたため相当の速度を以て同所を走りおり道路への進出前に左右の交通状況を確認することなくそのまゝ前記のように被告稔の進路前方に出たもので、同被告としてはこれを避譲するすべがなく事故の発生は同被告にとつて不可抗力の事態であり過失はない。同被告運転の自動車が現場に残したスリツプ痕の長さが五・九米であるのに照してその時速は四〇粁以上ということはなくその場合急制動を施したとして空走距離だけでも八・三米になる筈で仮に時速一〇粁程度に徐行していたとしても同距離は二・三米であるからいずれにせよ前記のとおり自動車と訴外喜代治との距離が迫つていては衝突の結果は免れない。又同自動車にはブレーキの故障はなかつたし、更に仮に後続自動車があつたとしても、道路右側に約二、五米の余裕があつたのであるから特にそのために前方注視を怠つたということはない。
三、立証 〔略〕
理由
一、原告松代が訴外亡鎌形喜代治の妻でありその余の原告らが同訴外人の子らであること訴外喜代治が昭和四一年一月一五日午前九時五〇分頃香取郡山田町長岡四三〇番地附近を自転車で通行中被告稔運転の小型貨物自動車にはねられ骨盤骨折などの重傷をおいそのため同月三一日旭市所在旭中央病院で死亡したことは当事者間に争いがない。
二、よつて事故の原因について審按するのに
(一) 現場は山田町府馬方面から同町仁良方面に通ずる幅員四・八米の道路(以下単に道路という)で仁良方面に向つて下り坂になつておりその南側に小路(以下単に小路という)の出入口が開けているが訴外喜代治は該小路より道路に進出した際本件の事故にあつたものであることは争いがない。
(二) 〔証拠略〕を綜合すると、イ前記道路はアスフアルト簡易舗装道路でゆるやかな坂道であり衝突地点をほぼ中央として約一〇〇米間は直線でその間の見透しは良好であること、ロ前記小路はこれにほゞ直角に交わる幅員二・四米の無舗装道路で交差地点にむかいやや急な下り坂になつていること、ハ現場附近は村落をなし道路にむかい前記小路の他にも部落内に通ずる小路や道路に面する各戸の出入口などが多く開口しているが、それらは各戸の土手囲いや生垣などのために道路を自動車などで通過する者の側から見た場合甚だ見にくいものになつていること、ニ被告稔は前記自動車を運転し道路左側を時速約四〇粁で右側に約二・五米を余す位置を進行し後続車に気を配りながら本件小路入口附近に差しかかつたが、訴外喜代治が同小路内より自転車で進出してきたのを左前方約四米の距離に発見し危険を感じて急制動の措置をとつたがおよばず、そのまま約三・三米直進した地点で自車前部を小路出入口のほぼ中頃よりそのまま約二・四米直進して出た訴外喜代治乗用の自転車の中央部附近に衝突させ同訴外人を道路北側にはねとばし、自動車は同所附近より路上に右側車輪(左側車輪は制動不完全である)のスリツプ痕を印しつゝなお五・九米前進して左前車輪を道路南側の溝におとして停車したことなどの事実を認めることができこれをくつがえすに足る証拠はない。
(三) 右認定の事実について附説すること左のとおりである。
イ 訴外喜代治は道路への進出前自転車を一旦停止し左右の交通状況を確認した事実はなかつたものとは認められる。〔証拠略〕によると、訴外鎌形安治は事故の近距離の目撃者であるのに訴外喜代治が進出前一旦停止し左右を確認したことは見ていないのみならず、かえつて訴外喜代治は被告稔の自動車が既に接近したその進路上に自転車で小路から走つて出たということであるし、他面右道路は同所附近より府馬方面にかけ約五〇米は見透しがよいことは前記のとおりであるからもし訴外喜代治が進出前に左右を確認したとすれば被告稔運転の自動車の接近が見えないはずがなく、しかる上で前記のように接近した距離で自動車進路上に乗り出したということは甚だ理解しがたいところだからである。
ロ 被告稔運転の自動車によつて道路上に残されたスリツプ痕は五・九米であるが、前記のように側溝に車輪をおとした状態で停止したことであり、かつ片側のブレーキの作動が不完全であつたと認められる事情もあつてこの場合スリツプ痕から推して停止前の時速を求めることは困難であるが、〔証拠略〕を綜合すると被告稔の運転速度は時速四〇粁であつたものと認定される。
ハ 事故現場附近は道路がゆるやかな坂道をなしていることは前認定のとおりであるが、これを徐行を要する程度の急な下り坂とは認められない。しかし現場では前記のように道路と小路が交差点をなしているのでこの点から被告稔に徐行義務があつたかどうかというのに、右道路は小路より明らかに幅員が広いので小路より道路に進出せんとする車両は道路を直進する車両の進行を妨げてはならない場所であるが、右のとおり小路内より進出しようとする人車の側からしてあらかじめ道路における左右の交通状況を確認しようとすれば容易にこれをなしうる地形であることは前記のとおりであるから、かかる道路を直進する自動車運転者としては小路より進出せんとするものの注意義務の履行に信頼し通常の運転を継続すればよいのであつて、この場合交差点であるだけの理由で特に徐行を要する場所ではないものと解せられる。
ニ しかしながら現場附近は道路を進行する者にとつて見にくい小路や各戸への出入口が多く開口している部落地帯であつてこのような場所では幼児などのとび出しもありがちなことであるから、運転者としては安全運転の立前からある程度の減速徐行をなすべきことは勿論であるが、この場合適宜な速度としては被告稔自身甲第九号証中に云うように時速二〇粁を以て相当と考える。しかしこの場合同被告の右速度の超過は本件事故発生と関連がないものと思われる。その理由は、訴外喜代治は前認定のように自動車の直前に出たのであるから仮に該自動車の速度が時速二〇粁であつたとしてもその場合の制動距離を約五・七米とする(加藤・木宮著自動車事故の法律相談増補版三六九頁参照)と、停止前衝突をさけ得なかつた結果は同じことだからである。
ホ 又本件加害自動車の左側車輪に制動上の欠陥があつたことは前記のとおり認められるけれども、前記制動距離は制動上の欠陥がない場合についてのものであるから、この場合仮に制動力が完全であつたとしても事故の発生は免れ得なかつたことになり、制動の完全不完全は本件事故発生と関係がないものという外はない。
ヘ 後続車があればその動行にも注意しなければならないことはむしろ当然であるが、この場合そのために被告稔において訴外喜代治の発見がおくれたということはなかつたものと認められる。本件小路の出入口は道路側から見て甚だ見わけにくいものであることは前記のとおりであるところ同訴外人はその内部より自転車で道路に走り出たのであるから、この場合仮に同被告が後続車に気をとられることなく専心前方を注視していたとしても前記より早期に訴外人に気付き得たとは到底認められないからである。
三、上記により結局本件事故の原因は被告稔の進路上に突然のり出した訴外喜代治の不注意にあり同被告には過失がなかつたものと認められるから、原告らのその余の主張につき判断するまでもなく本訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文第九五条本文を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 藤本之)